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ゴーギャン展

 東京国立近代美術館で行われている、ゴーギャン展を見に行った。ゴーギャンが晩年、タヒチで制作したという大作、「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」が展示されているというので、それを見に行ったのである。

 ゴーギャンといえば、自分はやはり、タヒチの島の女性をモチーフにした絵を連想する。けど、それくらいかな。こういうのも何だけれど、それらはあまり上手とは言えないような、手足、でかすぎるんじゃないの?みたいな、良く言えばそれが野趣というものなのかどうなのか、とにかくそういうイメージの、あまり掴み所のない画家だった。

 展示は、印象派の影響を受け画家として出発したブルターニュ時代から始まり、第1期タヒチ時代、連作版画『ノアノア』の紹介と続く。そして再びタヒチを目指したゴーギャンは、自らの芸術の集大成となる「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」を遺言のように制作するという形で、彼の漂泊の一生を終える。

 ゴーギャンの生涯は、一枚の絵『・・・我々はどこへ行くのか』を描くためにあったようなものだった。ゴーギャンは、自分はどこへ向かうのか、漠然とでもわかっているから、あの絵が描けたのだろうなぁ、と思った。だとしたら、あの絵の中には、ゴーギャンが生涯をかけて見つけ出した人生の答えが詰まっているって訳だ・・・。

 大きな絵だった。静かな絵だった。静かな絵だったけれど、確かにね、様々なことを語っている絵だった。ゴーギャンの、掴み所のない印象は、ある意味却下、ある意味、繰り越しだ。

 

 「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」自分はまだまだ、そんな問いかけに簡単に答えを出せないではいるけれど、とりあえず出口なのか遠回りなのか、なんとなく光の差す方向を指さしてくれたゴーギャン、ではあったような気がした。